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詳細情報
| 神社ID/コード | 6969 | 7001 | ![]() | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 神社名/通称 | 赤間神宮 | ||||
| (ふりがな) | あかまじんぐう | ||||
| 郵便番号 | 750-0003 | 鎮座地 | 山口県下関市阿弥陀寺町4-1 | ||
| 氏子地域 | |||||
| 電話番号 | 083-231-4138 | FAX | 083-234-1248 | 携帯電話 | |
| 主な祭典 | 祭典日 | ||||
| 特殊神事 | |||||
| お知らせ | |||||
| 旧社格 | 式内社 | 御朱印 | |||
| 祈祷 | 出張祭 | 神葬祭 | |||
| 結婚式 | 宝物館 | 要助勤(月日) | |||
| 宮司名 | (本務/兼務) | 連絡先 | |||
| 主祭神 | 《主》安徳天皇 | ||||
| フリガナ | |||||
| 御神徳 | |||||
| 由緒 | 今を去る800年の昔、源平最後の合戦に安徳天皇は御歳僅か8才をもって平家一門と共に壇之浦に崩じ給うや 赤間関紅石山麓阿弥陀寺境内に奉葬し 建久2年 朝廷は長門国に勅して御陵上に御影堂を建立せしめ給い 建礼門院御乳母の女 少将の局命阿尼をして奉侍の上、勅願寺として永く天皇の御冥福を祈らしめ給う、朝廷の尊崇きわめて篤く文人墨客の参拝亦枚挙にいとまなし 明治維新に至るや阿弥陀寺を廃し 御影堂を改めて天皇社と称せられ 明治8年10月7日勅命をもって官幣中社に列し、地名に依り社号を赤間宮と定め給い、社殿を造営せしめらる。昭和15年8月1日天皇陛下には勅使を差し遣わされ官幣大社に御列格宮号を改めて赤間神宮と宣下あらせられ、社殿又改造し輪奐の美整いしが 惜しむべし大東亜大戦の空襲を蒙り 神殿以下悉く焼失加ふるに未曾有の敗戦に依り 復興造営は至難を極めしも本殿祝詞殿以下御復興に邁進、苦節苦闘20年にして完工、昭和40年4月御祭神780年大祭を迎え関門の風光に和する社殿の壮麗は昔日に倍し陸の龍宮と称えらるるに至れり | ||||
| 駐車場有無 | 台数 | トイレ | |||
| 記載 | |||||
| 最寄駅 | |||||
| 名所・名物 | |||||
| 地図 | |||||
| HP(主) | 神社写真/HP(副) | ||||
| 御影 | |||||
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