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神社検索(栃木)

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基本システム制作:皇學館大学現代日本社会学部神社検索システム研究会
エルネットワーク(株)
主催者:現代日本社会学部教授 新田均  顧問:落合直人
問合せ先: 神社史研究会 副会長:落合直人

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神社ID/コード14440 画像収集中
神社名/通称高椅神社鯉の明神さま
(ふりがな)たかさきじんじゃこいのみょうじんさま
郵便番号鎮座地栃木県小山市高椅702-1
氏子地域
電話番号FAX携帯電話
主な祭典祭典日
特殊神事
お知らせ
旧社格式内社御朱印
祈祷出張祭神葬祭
結婚式宝物館その他
宮司名(本務/兼務)連絡先
主祭神《合》木花開耶姫命,経津主神,高靇神,火産霊命,豊受比売神,《主》磐鹿六雁命,国常立尊
フリガナ
御神徳
由緒当社の創立は、景行天皇の41年、日本武尊が御東征の折、現在の白旗丘(当社北方約1粁)に御旗を立てられ、国常立尊、天鏡尊、天萬尊の三柱の神を勧請して戦勝を祈願されたのが起源であると伝えられる。その後、天武天皇の12年(684)祭神の後裔高橋朝臣が氏祖神磐鹿六雁命を合祀して、高椅神社と尊称するに至った。延喜式の神名帳(927)に登載されている古社である。磐鹿六雁命は、崇神天皇の御代、各地に派遣された四道将軍の1人である大彦命の御孫に当られる御方で、景行天皇が、御皇子日本武尊の御東征の戦跡を御巡視なされた際、膳臣としてお供をなされ当地まで来られたが、老令のためお許しを得てこの地にとどまり、以後代代豪族としてこの地方を支配した。天武天皇の12年、朝廷より高橋朝臣の姓を賜わり代代高橋朝臣を襲名した。「高椅」の地名も高橋朝臣よりとったという。後一条天皇の長元2年(1029)社域に掘った井戸から大きな鯉が出たため奇異であるとして、時の神主が都に参上、その由を奏上したところ、誠に霊異なことと思召され、「日本一社禁鯉宮」の勅願を賜わった。以来氏子民は、鯉を食うこと及び鯉絵のついた器物等の使用を禁ぜられたが、今日までこの禁を犯す者がなく、鯉を食べないことは勿論、五月節句の鯉のぼりも立てない風習が現存している。当社が「鯉の明神さま」と親しまれているのは、この由緒によるものである。境内の南端にある神池には、氏子、崇敬者の奉納した鯉が多数放流されている。結城代代の城主の崇敬殊に厚く、政朝、政直、政勝、晴朝、秀康の各城主よりの寄進状、祈願文、修行留等二十余通神納され現存する。殊に秀康公が、越前福井へ国替になった後も代々例度の代参を欠かすことがなく、明治維新まで続けられた。明治5年郷社となり、同10年7月県社となる。
駐車場有無台数トイレ
記載
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                            御影
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