由緒 | 総社とは多くの神社のご祭神を合祀した神社。古代律令制下、国司が朝廷の命で任国に派遣され、国府でその国を治めた頃のこと、当時は祭政一致の頃で、国司は国内の神社を巡拝しなければなりませんでした。ところが、広範囲の地域に点在する神杜を全部巡拝するとなると、大変なことだったろうと想像出来ます。そこで、考えついたのが国内の神社のご祭神を一ケ所に集めてお祭りすることでした。これによって、巡拝のてまを省いたわけです。この国内の神社のご祭神を一ケ所に集めたお宮を総社といいます。したがって、国府のそばにはかならず総社があります。総社は発祥の由来からして、その国一番のお宮であったことが想像できます。岡山県には、備前、備中、美作の三つの国がありましたので、総社も三社あります。県内にはこの他に総社とよばれるお宮はありますが、それは郡や村単位の総社です。当宮は備前国の総社で通称備前国総社宮といわれています。創建年代は不祥ですが、平安時代の初期と推定されています。備前国庁の祭典の場所として設けられ、備前国内(北は赤磐郡吉井町、東は和気郡・邑久郡、南は玉野市・小豆島、西は岡山市一宮)128神社のご祭神が合祀されています。そのことから当宮へお参りすると一度に128の神社にお参りしたことと同じといわれております。現在の建物は江戸中期の再建で、往時の面影はありませんが、江戸時代当時の一般的な神社建築の形態をよく残しています。昭和5年11月、陸軍大演習の際に昭和天皇陛下が玉歩を進め遊ばされた神社です。主な合祀神社八幡雄島神社、吉備津彦神社、安仁神社、神根神社、布勢神社、片山日子神社、石門別神社、高蔵神社、深田神社 |
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