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問合せ先: 神社史研究会 副会長:落合直人

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神社ID/コード57100 画像収集中
神社名/通称賣太神社三社明神
(ふりがな)めたじんじゃさんしゃみょうじん
郵便番号639-1108鎮座地奈良県大和郡山市稗田町319
氏子地域
電話番号0743-52-4669FAX0743-52-4669携帯電話
主な祭典秋の例祭祭典日十月第二日曜
特殊神事阿礼祭
お知らせ
旧社格式内社御朱印
祈祷出張祭神葬祭
結婚式宝物館その他
宮司名藤本保文(本務/兼務)本務連絡先
主祭神《主》稗田阿礼、《配》猿田彦神、天鈿女命
フリガナ《主》ひえだのあれ、《配》さるたひこのかみ、あめのうずめのみこと
御神徳
由緒賣太神社御由緒 主斉神稗田阿礼命 当社は奈良県大和郡山市稗田(ひえだ)町319番地に鎮座しており、稗田阿礼命(ひえだのあれえのみこと)天宇受賣命(あめのうずめのみこと)猿田彦神(さるたひこのかみ)をお祀りしている。稗田の地は、太古より天宇受売命を太祖とする猿女君(さるめのきみ)(稗田氏)が居住していた。奈良時代に至り、阿礼さまがお生まれになって天武天皇に舎人(とねり)としてお仕え申し上げていた。阿礼さまは、人となり聡明で博覧強記に富んだ卓抜な才能の持主であったので、天皇は数多くある学者や名門出身の役人の中から特に28才の若い阿礼さまをお選びになり、天皇がご精選された歴代の神様のご事績、皇位継承や天皇のご事績、神代以来の各氏族の歴史等、数多くの事柄を勅語(みことのり)にて誦習(よみなら)わしお授けになった。この誦習った事柄を30有余年後の元明天皇が、太安万侶さまに、「稗田の阿礼の誦習った事柄を記録せよ。」とお命じになった。このようにして和銅5年(712)正月28日に出来上がって天皇に撰上申し上げた書物が古事記である。古事記は上・中・下の三巻からなり、我が国最古の国史・文学の書物で、多くの神話・伝説が豊富にとり入れられている神典であり、又古代人の生活、習慣、思想が多方面にわたってうつし出されているのであるから、私達の祖先の考え方や生き方を偲ぶのにこよない手がかりとなる貴重な書物である。おもうに阿礼さまは、日本道徳の真髄を極め伝えられた文道の太祖であつて宏大無辺のご霊徳を仰ぎ迎えんとして全国より参詣される方が多く、ご神徳まことにあらたかである。副斉神天宇受売命、猿女君の遠租に当たる女神で、稗田阿礼命はその末裔(まつえい)である。天の岩屋の神事に、天宇受売命は、たけだけしい神霊が寄りかかり霊魂を誘発する鎮魂舞踊を演じ、天照大神を岩屋からお出し申し上げた女神である。又、天と地の分岐点において猿田彦神と出会い、神懸(かみがかり)により問答された神事などあって、後に猿田彦神とご結婚された。これらのご功績により、女性ではあるが、天皇から男性同様猿女君の姓を賜わり、その後男性も共に猿女君と称し、宮中に仕えられた。この宗族(そうぞく)が稗田の地に定住され、祖神を祀る賣太神社は、平安初期に官弊社に列せられたのである。天宇受売命は、後世「おたふく」「おかめ」と言われている女の福徳をそなえられた神様であるから福の神、鎮魂の神、笑いの神で、芸能の始祖神としてもご霊験まことにあらたかである。副斉神、猿田彦神、天宇受売命の彦神である。天孫、ににぎの命の降臨にあたって、天と地の分岐点に立って、天孫をお導きした神である。江戸時代には、猿田彦信仰厚く御神徳はすべての物事のはじめ即ち新築、移転、旅立ち、結婚等に災難や悪魔を祓(はら)ってよい方へ導き給うと、昔から諸事をなす際には、そのご霊徳を仰ぎ迎えんとして全国より参詣に来られる方が多い。
駐車場有無台数10トイレ
記載
最寄駅
名所・名物
地図
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