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詳細情報
神社ID/コード | 63726 | 4218005 | ![]() | ||
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神社名/通称 | 八幡神社 | 長岡八幡宮 | |||
(ふりがな) | はちまんじんじゃ | ながおかはちまんぐう | |||
郵便番号 | 518-0824 | 鎮座地 | 三重県伊賀市守田町 1190-1・1190-2 | ||
電話番号 | FAX | ||||
主な祭典 | 例大祭(4/15) | ||||
宮司名 | |||||
旧社格 | |||||
連絡先 | |||||
主祭神 | 《主》応神天皇,牛頭天王,天満大神,《合》天児屋根之命,大山咋命,建速須佐之男命,大日孁貴命,大物主之命,大山祇命,高皇産霊神,火産霊神,宇迦能御魂神,《配》伊邪那岐神,大物主之命,木之花咲屋姫命 | ||||
ふりがな | |||||
御神徳 | |||||
由緒 | 当社の創祀については詳らかにし難い。社傅及び『三国地誌』のひく「延長風土記」によれば、武烈天皇の御世伊賀国阿蘇山麓に松杉繁茂の地、神祠ありて神号を岡八幡と称す、国造中田麻呂がこれを勅により勧請して祀ったと伝える。鎮座地は現社地より北西七〇〇メートル余の青木山山麓と言う。信長伊賀攻めの大正の乱(一五九二)戦火に遭い、殿宇悉々灰燼に帰す。因って中世の状況についても、史料的には不明な点が多い。寛文九年(一八六九)の棟札によれば、九品寺の社僧智雄が領主藤堂高次に進言の結果現社地に遷座し、社殿の造営がなされたと記載されている。又、『伊水温故』によれば「長岡八幡宮 浅宇田村 阿蘇三座 牛頭天王 八幡宮 天満天神 岡八幡 長岡は宮地の字也」とある。江戸時代を通じ、近郷の産土神として人々の崇敬のあつい神社であった。明治四〇年(一九〇七)には、大字浅宇田鎮座無格社春日神社を当社境内社 多賀神社 金比羅社 桜木神社を、同四一年には大字四十九村鎮座日吉神社及び同境内社 津島神社 神明神社 松王神社を、同村 鎮座無格社山神社 明神社 同高松神社及び境内社金比羅社をそれぞれ合祀した。 | ||||
特殊神事 | |||||
氏子地域 | 伊賀市、宇田町、四十九町 八幡町、湯光台 | ||||
宮司記載 | |||||
HP(主) | |||||
御影 | ![]() |