岡山県 岡山市 東山 1-3-81
玉井宮東照宮トップ
玉井宮東照宮 境内のご案内
玉井宮東照宮 境内の神々
玉井宮東照宮 出張祭のご案内
玉井宮東照宮 御祈祷のご案内
玉井宮東照宮 授与品のご案内
玉井宮東照宮 交通のご案内
玉井宮東照宮 龍神祭のご案内


本社は元児島郡小串村大字光明崎(今は米崎)に鎮座されていたが、応徳2年(1085)当東山に移転遷座して玉井宮と称せられるようになった。
この遷座にあたり、次のような伝説がある。
 その頃、社のあった山頂から、毎夜怪光が海面を照らし魚が恐れてよりつかず、猟師たちは困って其の事を神前に告げ、ご神託を受けた。ご神託は「御幣が舞い上がり飛んで行き上道郡門田の山中に立つ、そこへ遷座せよ」というものであった。その御幣が飛来し立った所がこの地(故にこの山を幣立山という)で、社名を玉井宮または玉の宮と称した。
 その後、正保2年(1645)藩主池田光政公の命により、この地に東照宮を勧請するにあたり、玉井宮は、下の広場(今の駐車場)へ遷座され、国内別格5社の1社に列せられた。
 明治14年(1881)玉井宮と東照宮は合祀され、社名を玉井宮東照宮とし、県社に列格した。明治33年(1900)旧玉井宮の建物を移転し、西日本屈指の大拝殿の建立等大造営が行われた。
その立派な社殿郡も平成元年(1989)1月31日未明不慮の火災により、幣拝殿・神饌所・社務所・参集所等焼失した。しかし、氏子崇敬者の尽力により、4年の歳月をかけ現在の姿に復興した。 
ご利益として、嘉永3年(1850)高松中納言季実卿の執奏により、皇后ご安産のご祈願を行い、当時の祠官佐々木左兵衛介は上京参内しお守り札を献上している。その時高松中納言から「大君の御子のいのりの功績を雲井に高くきこえあげたり」という和歌が下され、ご祭神のいわれとともに安産の神様として崇敬を集めてきた。
一月一日 歳旦祭 午前七時
一月十四日 どんと焼 午前十時
二月節分 護摩焚並に古札焚上祭 午前十時
四月第二日曜日 鎮花祭 午前十時
六月六日 金龍社祭 午前十一時
六月三十日 大祓 午前六時
七月三十日 輪くぐり祭  
秋分の日 少宮社祭 午前十一時
十月第四土曜日 宵祭り 龍神祭  
十月第四日曜日 例大祭 午前十時
十一月十五日 七五三  
十二月二十三日 白龍社祭 午前十一時
十二月三十一日 大祓 午前五時
除夜祭 午前十時

毎月一日 月並祭 四月〜九月 午前六時
十月〜三月 午前七時
御祭神
豐玉比賣命
玉依比賣命
彦火火出見尊
徳川家康


















→交通案内・地図 →お問合せ →リンク集 →取材・撮影について